数学ブログ

数学は、何のために何をやっているのか?

可換群は必ず環の加法群になるか?

観察

 整数全体のなす集合Zには、加法に関して可換群の構造\lt Z, + \gtが入るが、乗法をも加えた可換環\lt Z, +, \times, \gtの構造も入る。前者は、後者から演算\timesを忘れることによって得られる。一般に、任意の可換環 \lt R, +, \times \gtから、乗法を忘れて加法だけを考えることで、可換群\lt R, + \gtを得ることができる。

問題

 \lt R, + \gtを任意の可換群とする。この時、R上に\lt R, +, \times \gt を環にするような演算 \times:R \times R\rightarrow Rが存在するか?

解答

 反例が存在する。有理数全体の集合Qを加法に関して可換群と考え、この部分群ZQを割った可換群Q/Zを考える。これは、有理数全体の集合において、整数をすべて零とみなすことで得られる群である。

 もしもQ/Zに対して、乗法\times :Q/Z \times Q/Z\rightarrow Q/Zが存在して、Q/Zが環になるならば、乗法に関する単位元e\in Q/Zが存在しなければならない。e = \frac{s}{t}( s,t \in Z, t \gt 0)とおく(正確には、\frac{s}{t}\in Qであって、\frac{s}{t}のQ/Zにおける対応物がeである)。t\times e= s \in Zなので、teQ/Zでは0である。ここで、 \frac{t}{t+1} =e\times( t\times \frac{1}{t+1}) = (t\times e)\times \frac{1}{t+1}=0\times \frac{1}{t+1} = 0となるが、これは\frac{t}{t+1}が整数でないことと矛盾する。よって、このような乗法は存在しない。

可換環

可換環の定義

可換環とは、集合Rと二種類の 演算+, \times :R\times R\rightarrow Rからなる組\lt R, +, \times\gtで、次の公理を満たすものである。

公理1. 加法について

 \lt R, +\gtは可換群である。

公理2.乗法について

 \lt R, \times \gtは、群の公理から逆元の存在を除いた2つの公理を満たす。すなわち、乗法単位元e\in Rが存在して、任意のx\in Rに対して、 e\times x = x\times e=xが成り立ち、また、任意のx,y,z\in Rに対して、(x\times y)\times z=x\times (y\times z)が成り立つ。

 また、乗法の可換性が成り立つ(これが可換環という名前の由来である)。つまり、任意の x,y\in Rに対して、 x\times y = y\times xが成り立つ。

公理3.加法と乗法の組み合わせについて

 任意の x,y,z\in Rに対して、x\times (y+z)=x\times y + x\times zが成り立つ。

基本的な用語

イデアル

R可換環とし、IRの部分集合とする。Iは、次の性質1, 2を満たすとき、イデアルという。

性質1.

 任意のa,b\in Iに対して、a+b\in Iが成り立つ。

性質2.

 任意の a\in I, r\in Rに対して、ra\in Rが成り立つ。

 イデアルは、「~の倍数」という概念の一般化である。例えば、整数全体のなす集合Zには可換環の構造が定義できるが、任意の整数xに対して、xの倍数全体の集合(x)イデアルとなる。

イデアル

 イデアルが「~の倍数」という概念の一般化だと書いたが、この観点で、素イデアル素数の一般化である。可換環Rイデアル pは、次の性質を満たすとき、素イデアルという。

性質.

 任意のa,b\in Rに対して、ab\in pならば、a\in pまたはb\in pが成り立つ。

 整数環Zにおいて、素数pの倍数全体の集合(p)は、素イデアルである。

古典的な例

可換環の起源には、代数体の整数環、代数関数体、多項式環の三つがある。

代数体の整数環

 x^2+2=y^3を満たす整数x,yを求めるという問題を考えよう。この式を(x+\sqrt{2}i)(x-\sqrt{2}i)=y^3と変形してみるのは自然である。ここで、考察する数の領域がZからZ[\sqrt{2}i]に移行した。Z[\sqrt{2}i]とは、a+b\sqrt{2}i (a,b\in Z)という形の数からなる集合で、可換環の構造を持っている。Zでは、0でないすべての元が一通りの素因数分解を持つが、Z[\sqrt{2}i]においても、Zにおける素数のような役割をする「素元」という概念があって、0でないすべての元が一通りに「素元」分解されることが示される。x+\sqrt{2}ix-\sqrt{2}iが互いに素であることも示せるから、(x+\sqrt{2}i)(x-\sqrt{2}i)=y^3ら、x+\sqrt{2}i, x-\sqrt{2}iそれぞれ何かの3乗になっていることがわかる。そこで、x+\sqrt{2}i=(a+b\sqrt{2}i)^3 (a,b\in Z)とおくと、係数を比較することによって、x=±5であることがわかり、このことから、方程式の解が(x,y)=(5,3),(-5,3)であることがわかる。
 ここで活躍したのが、Zを拡大したZ[\sqrt{2}i]という可換環と、この環における素元分解の一意性である。

 このように、整数の問題を考える時でも、整数でない数まで考察範囲を広げるとうまくいくことがあり、この時現れる「一般化された整数」の集合が、代数体の整数環である。
 次に、Z[\sqrt{5}i]という可換環を考える。この環においては、2,3,1\pm \sqrt{5}iが素元であることが証明できるが、6=2×3=(1+\sqrt{5}i)(1-\sqrt{5}i)と分解されるので、素元分解の一意性が成り立たない。これは不便であるが、クンマーは、理想数という仮想的な数を導入し、すべての元は理想数の積に一意的に分解されると考えた。この理想数に対して、数学的に厳密な存在論を与えたのがデデキントである。彼は、素イデアルを理想数に対応させ、「代数体の整数環においては、0でないイデアルは素イデアルの積としてただ一通りに表される」ということを証明した。

代数関数体

代数関数体とは、まず複素数体Cに一つの不定元zを付け加えた体C(z)を作り、この上で代数的な元wを一つ付け加えてできる体C(z)(w)である。C(z)は、\frac{f(z)}{g(z)}(f(z), g(z)zを変数とする一変数多項式で、g(z)\neq 0)という形の対象全体からなる体であり(体とは、可換環の一種で、0でない任意の元xが、乗法に関する逆元x^{-1}を持つものである)。wがこの上で代数的であるとは、C(z)係数のある多項式f(X)=X^n+a_0 X^{n-1}+\dots +a_{n-1}X+a_n(a_0, \dots, a_n \in C(z))が存在して、f(w)=0を満たすことである。この体にも、代数体における整数環のような環があり、そこでも、素イデアル分解の一意性が成り立つ。代数体の整数環も、この環も、どちらも抽象化すればデデキント環という種類の環であり、デデキント環では、素イデアル分解とその一意性が成り立つのである。

多項式環代数幾何学

 代数幾何学は、多項式の零点集合として定義される図形を研究する学問である。例えば、f(x,y)=x^2+y^2-1という多項式の零点集合\{ (x,y)\in R^2|f(x,y)=0\}は、原点を中心とする半径1の円を表す。ここで、自然に表れてくるのが多項式環という概念で、体kに対して、n個の変数x_1,...,x_nを持つ多項式全体の集合は可換環の構造を持ち、k[x_1,...,x_n]と書かれる。これをRとおく。f_1,...,f_n\in Rに対して、これらの共通零点の集合を V(f_1,...,f_n)=\{ (a_1,...,a_n)\in k^n | f_1 (a_1,...,a_n)=...=f_n (a_1,..., a_n)=0\}とおく。この種の集合が代数幾何学の研究対象である。 f_1,...,f_nの生成するイデアル\{ h\in R| \exists g_1,...,g_n \in R. h=g_1f_1+...+g_nf_n \}Iとおき、Iの全ての元の共通零点をV(I)とおくと、V(I)=V(f_1,...,f_n)となる。このように、代数幾何学は、可換環イデアルの言葉を基礎にして記述される。

その他の可換環

Mを可微分多様体とする時、MからRへの可微分写像をすべて集めたものは可換環になる。

スキーム

 Mを何らかの意味での空間とすると、Mから実数Rへの写像全体の集合は、可換環(関数環という)になる。逆に、Rを任意の可換環とすると、Rは必ずしも何かの空間の関数環として得られるとは限らないが、空間の概念を拡張することによって、Rはある広義の空間(アフィンスキームという)Spec Rの広義の関数環として捉えることができる。スキームとは、アフィンスキームを張り合わせてできる空間である。この観点で可換環幾何学的に研究する(また、幾何学代数学的に研究する)のが現代の代数幾何学であり、もともとの研究対象である多項式環に加え、代数的整数論デデキント環等も扱うことができ、整数論にも応用することができる(数論幾何学と言われる)。

群の公理

 群とは、集合論的には、次の公理を満たす集合Gと関数\cdot:G\times G\rightarrow Gの組\langle G,\cdot\rangleである。たいていは、「群G」などと言って、集合Gの記号で群全体\langle G,\cdot\rangleを象徴する。

公理1.単位元の存在

 ある元e\in Gが存在して、任意の元x\in Gに対して、x= e\cdot x=x\cdot eが成り立つ。

公理2.逆元の存在

  任意のx\in Gに対して、あるy\in Gが存在して、x\cdot y=y\cdot x=eを満たす。このyxの逆元といい、x^{-1}と書く。

公理3.結合法則

 任意のx,y,z\in Gに関して、 (x\cdot y)\cdot z=x\cdot (y\cdot z)が成り立つ。

古典的な例

置換群

 群の具体例で簡単かつ歴史的に初期に現れたものは、有限個の対象の置換がつくる群である。例えば、1,2,3という三つの数字の列を考える。これに「1と2を入れ替える」という置換を作用させると、1,2,3が2,1,3になる。このような並べ替えは全部で3!=6個あり、これらすべてからなる集合には群の構造が入る。二つの置換a,bの積abは、bを適用した後でaを適用することとして定義する。この種の群は、代数方程式の解の公式に関する研究の中で現れ、この研究を完成させたガロアが「群」という用語を初めて使った。置換群では、ab=baは一般には成り立たない。例えば、1と2を入れ替える置換をa, 2と3を入れ替える置換をbとすると、ab1,2,3\rightarrow1,3,2\rightarrow2,3,1という変換を表すが、ba1,2,3→2,1,3→3,1,2という変換を表すから、abbaは異なる変換である。

アーベル群

 もう一つの例はZ/mZのような有限可換群(任意の要素a,bに対してa\cdot b = b\cdot aを満たす群を可換群やアーベル群という)であり、数論との関係でガウスが1801年ごろには考えていた(Zは、整数全体の集合を表す)。例えば、自然数mをとり、各整数nに対して、npで割ったときの余りをn mod mと書くことにする。n mod mの値は、計算上、m=0とおくことで計算できる。つまり、n=apm+r, a\in Z, r\in Z, 0\leq r\leq m-1と表示したとき、右辺でm=0とおけばam+r=0+r=rを得る。通常のZに対して、このようにm=0とみなしてできる集合をZ/mZと書く。これは、足し算に関して群になる(この集合には、足し算+と掛け算\timesが定義できるが、\timesではなく+の方を群演算とみなす)。この集合では、異なる元は0,1,...,m-1m個なので、Z/mZは有限群である。m-1より大きい数は、m=0であることからm+1=1,m+2=2,...となり、0,1,2,...,m-1のいずれかと一致する。群Z/mZにはいろいろな使い方があるが、例えば、4n+2(n\in N )の形の数が平方数にならないことが証明できる。仮に4n+2が平方数になるとすれば、4n+2=k^2(k\in Z)とおき、これを4=0の世界であるZ/4Zで見ると、2=k^2という式が得られる。しかし、kが偶数の時はk^2=0 mod 4であり、kが奇数の時はk^2=1 mod 4なので、いずれにせよk^2=2 mod 4とはならない。よって、4n+2は平方数にはならない。

変換群

 上記の2つの例はいずれも有限群(群構造をもった有限集合)だが、幾何学では無限群も考えられた。この研究をしたのは、クラインやリーである。当時、ユークリッド幾何学の他にも、非ユークリッド幾何学、射影幾何学と様々な幾何学があったが、これらに対して統一的な観点を提供したのがクラインの「エルランゲン・プログラム」(1872年)である。これは、幾何学を「ある変換群Gの作用の下での不変量を研究する学問」ととらえるものである。例えば、ユークリッド幾何学における「長さ」「面積」「角度」のような性質は、空間全体を拡大や縮小をせずに平行移動したり回転したりしても変わらない。ユークリッド幾何学は合同変換によって不変な性質を研究しているのだといえる。同様に、射影幾何学とは射影変換によって不変な性質を研究するのだ、という具合に、すべての幾何学を変換群と対応させるのである。

その他の群

基本群

ポアンカレは1895年、空間の基本群を定義した。例として、平面から原点Oを除いた空間Hを考える。Hのある1点xを基点として選んでおく。H上で、始点と終点がxである曲線のなす集合をGとする。ただし、Gの二つの曲線は、一方を連続的に変形することでもう一方に一致させることができるとき、同じ曲線であるとみなし、二つの曲線a,bの積abは、bの終点とaの始点を結びつけることで、baを連結させた曲線として定義する。こうして得られる群GHの基本群である。これはZと同型になる。aを群Gの元として、あなたが点xにいるとする。あなたは曲線aの両端を引っ張って、aを点xに回収しようとする。もしも回収できたならば、その曲線は、この群の単位元(ずっと点xにいて、そこから動かない曲線)と同じものである。もしも回収できないならば、aは原点Oの穴に引っかかっていることになる。ここで、aが原点Oにどのように巻き付いているのかを数えてみる。aOの周りを反時計回りにm周していればm、時計回りにm周していれば-mと数えることによって、aに整数mを対応させる。a,bを二つの曲線として、aには整数mが、bには整数nが対応する時、曲線abにはm+nが対応する。このような比較で、GZが群として同じ構造を持っていることがわかる。

ホモロジー群、コホモロジー

 これは主に幾何学で使われる群であり、任意の空間Sから位相不変量H_0(S),H_1(S),H_2(S),...を取り出すことができる。Sn次元多様体の時は、H_{n+1}(S)以降は自明群0になり、H_0(S)からH_n(S)までのn+1個が意味を持つ。二つの空間のホモロジー群を比較することで、それらの空間が同相でないことがわかることがある。例えば、次元の異なる球体S^mS^n(m≠n)が同相でないことが、これら二つの空間のホモロジー群が一致しないことからわかる。

集合

 集合という言葉は日常でもよく使われるが、数学用語としての集合も物の集まりを表現する概念である。これは、新しい概念を定義するときに便利な概念で、極端な立場からは、「すべての数学的対象は集合である」とも言われる。数学における集合の役割には、「概念の定義」「濃度の比較」「数学の基礎」の三つがある。

基本的な用語

集合

 ある存在Aが集合であるためには、議論領域の各対象に対して、それがAに属するか、属さないかが確定しなければならない。例えば、「教室にいる全員からなる集まり」は、教室の出入り口に立って半身だけ教室に入れ、半身だけ廊下に出している人が、そこに属するのかどうかが決まっていないならば、集合とは呼ばない。
 何が集合であって、何が集合でないかというのは、注意を要する哲学的な問いであって、この点に関する思慮が浅いと、ラッセルのパラドックスのようなことが起きる。これは次の事象である。Xを、「自分自身を要素として持たない集合すべてからなる集まり」とする。このXが集合であるかは微妙な問題だが、仮にXが集合であるとすると、XはXに属するか、属さないかのどちらかである。前者の場合、Xは「自分自身を要素として集合」からなるので、XがXの要素ではないということになる。これはXがXに属することに矛盾する。後者の場合、XがXの要素ではないので、Xの定義から、XはXの要素だといえる。これはXがXの要素でないことに矛盾する。よって、いずれの場合も矛盾が生じる。

関数

 関数とは、その関数の定義域と呼ばれる集合が定まっていて、定義域の任意の元を一つ指定すると、何らかの対象を一つ指定する確定した対応である。関数を記号fで書くと、fによって定義域の元aに対応する対象をf(a)と書く。fの定義域がAであり、Aの任意の元aに対して、f(a)が集合Bに属する時、ff:A→Bとも書く。

 全射単射

 関数f:A→Bに対して、Bの任意の元bに対して、Aのある元aが存在してf(a)=bを満たす時、f全射であるという。Aの任意の元a, a’に対して、f(a)=f(a’)である場合がa=a’の時に限る時、f単射であるという。全射でも単射でもある写像全単射という。f全単射の時、fには逆写像f^{-1}が存在する。

濃度

 各集合Xに対して、Xの濃度|X|という量を割り当てる。これは、Xに含まれる元の個数を測るためのものである。集合AからB単射が存在するとき、|A|\leq|B|と書き、AとBの間に全単射が存在すれば、|A|=|B|と書いて、ABは同じ濃度を持つという。ベルンシュタインの定理から、|A|≦|B|かつ|B|\leq|A|ならば、|A|=|B|が成り立つ。|A|\leq|B|かつ|A|\neq|B|であれば、|A|\lt|B|と書く。自然数全体のなす集合をN, 実数全体のなす集合をRと書くと、|N|\lt|R|である。また、代数的数の集合をAとすれば、|A|=|N|であることが示せるので、|A|\lt|R|であり、このことから、Rの中には代数的数でない数、すなわち、超越数が存在することが証明される。

空集合

 要素を一つも含まない集合。\emptysetで表される。デデキントもカントルも、空集合は集合として認めていなかった。

デデキントとカントル

 初期の集合論の建設を担ったのは、デデキントとカントルである。この二人はよく文通していたが、興味の方向は異なっていた。デデキントは、可換環のような「構造をもった集合」に興味があり、「数とは何か?」という自然数論的な問題を考えた。カントルは集合の濃度という量を考え、「連続とは何か?」などの無限論的な問題に取り組んだ。
 カントルは、自然数の濃度よりも直線連続体の濃度が大きいことを示したが、当初、集合の濃度は直線、平面、空間の順で上がっていくと考えていた。その後、彼は直線上の点と平面上の点の間に一対一対応が存在することを発見すると、次元の概念は意味を失ったと考えて、大変興奮し、デデキントにも「目には見えているが、信じられません」と手紙を書いた。デデキントは、その数学的内容の正当性を認めつつも、直線と平面が一対一に対応するのは連続性を考慮していないからであって、一対一かつ両連続な対応によって空間を分類することにすれば、直線と平面は区別でき、次元の消滅は起こらないだろう、と返した。ちなみに、この「次元の位相不変性」を初めて証明したのはブラウワーで、1910年の仕事である。

数学を空集合で再現する

 現代では、集合論には数学の基礎としての役割が認められている。これは、全数学を集合論と論理学に帰着させる観点によるもので、これは、ZFCのような公理系に基づいて、数学を空集合のみを用いて再現することによって行われる。

 ラッセルのパラドックス以降、何が集合であるのかをはっきりさせようということで、集合論の公理系が整備されていった。そのうちの一つがZFであり、これに選択公理を付け加えたものがZFCで、現在、多くの数学者は「自分はZFC上で数学をやっている」と思っているだろう。普通は、どの公理系においても、存在論は次のような構造を持つ。まず、初期設定として、基本的な要素あるいは集合を導入する。これを原子要素と呼ぶことにする(※ここだけの用語である)。これは、原子論における原子のような存在であり、他の全ての集合は原子要素の組み合わせによって得られる。次に、「すでに存在が認められている集合を根拠にして、新しく何か集合の存在を主張する原理」を設定する。これを構成原理と呼ぶことにする(※同上)。この原子要素と構成原理とが、公理的集合論存在論を決定する。例えば、1,2,3を原子要素としよう。この時、構成原理によって\{1,2\}\{2,3\}といった集合を作ることができ、ここから、さらに、構成原理によって\{\{1,2\},\{2,3\}\}\{1,2\}×\{2,3\}のような集合を作ることができる。このようにして、原子要素から次々と再帰的に集合を作っていくのである。
 ZFC集合論では、原子要素は空集合ただ一つである。よって、すべての集合は、\{\emptyset\}\{\emptyset,\{\emptyset\}\}\times\{\emptyset\}のように空集合を組み合わせた形をしている。この理論でどのように数学を再現するのか?例えば、自然数を構成するには次のようにする。
 0:=\emptysetと定義する。次に、1:=\{0\}、つまり1=\{\emptyset\}と定義する。その次は、2:=\{0,1\}=\{\emptyset, \{\emptyset\}\}と定義する。以下、同様に、nまで定義されているときにn+1\{0,1,...,n\}と定義する。
 このようにして、すべての自然数空集合だけで定義されるのだが、有理数の集合や実数の集合も公理を巧みに使って定義でき、数学に必要なものはほとんど再現できる。

数学の基礎

 前述のように、多くの数学を空集合で再現できるため、集合論は数学の基礎であるとか、すべての数学的対象は集合であるとか言われるのであるが、これは間違いである。例えば、前述のやり方では0=\emptyset1=\{\emptyset\}として0や1が定義されるが、本来の意味を考えれば明らかなように、0と空集合、1と\{\emptyset\}は異なる概念である。さらに、\emptyset\in\{\emptyset\}は成り立っても、0\in 1は成り立たず、そもそも、0や1は集合ではない。このように、「空集合による数学の再現」では、数学的対象そのものを構成するのではなく、それらと似ているものを作って、それと数学的対象を対応させているのであり、そうして作られた模型は、数学的対象が本来持っている性質ではない、余分な性質(例えば、0\in 1)をも持っているのである。これは、具体物である「1本のニンジン、2本のニンジン、...」が抽象的な「1,2,...」とは異なる存在であり、後者が持たない性質を前者が持っている、という事象とある意味同じ現象である。